世の中には物があふれ
ボタンひとつで機械が動き
眠らない都会の夜も当たり前。
昭和四〇年代。なにもかもが揃った中に生まれ
裕福ではなくても、何も困ることなく両親に育ててもらい成長してきた自分。
順位で評価された学校時代。
よりいい学校、よりいい会社、世界に羽ばたく人材になれ!
もてはやされるお金持ち。お金持ちが世の「勝ち組」
そこに向かうことが何よりのステイタスだと
見えない空気は知らず知らずと私たちを導いていった。
そんな価値観、なんとなく「変」な気がして・・・。
その「変」が何なのか、
私に気付かせてくれたのが、里山で出会う人だった。
里山の人たちは、大地と共に生きていた。
食べるもの、燃料、ときには住む家も
自然の中で得た材料をもとに、
自ら作り、自ら活かし、
何十年という時間軸を感じながら生きていた。
自らの手中に生きる知恵をいっぱいに持った
その人たちは、強く、やさしく、カッコ良かった・・・。
これぞ「生きる」ってことじゃないのか。
私は今まで、「生きてきた」のではなく、
すべてお膳立てされた中で「生かされてきた」だけだった。
そんな私の、「生き方を学び直す場」のひとつが、“麻っぱ”。
とはいえ、長年、虚勢されて生きてきた自分が、
そこから脱皮するのは、なかなか至難の業。
私が、カッコいい里山の人に追いつくには
何百年かかることだろう・・。
麻っぱ応援団 みずしまかずよ
posted by 愛芽 at 20:51| 長野

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麻っぱの日記
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